
鳥取県の海沿いの、浦富海岸や鳥取砂丘に近いあたりに、父親の実家はある
激務の中俺はろくに顔を見せることもなくいたので、いつもの頻度から言えば久しぶりの鳥取だった
父親は商業高校を主席で卒業し、大企業にストレートで入社した長男として、
田舎らしい家制度のトップであり、家系の自慢であった
ただ彼はそういった家父長制的扱いを嫌い、権威による利益を固辞し、
本来はそういった補償があるからこそやるというのが通説の、いわば管理者としての義務だけを負ってきた
あらゆる交通手段や文化資本から遠く離れた村の価値観と束縛から離れる上で最も合理的選択をしたのが父親であって、
それをどれほど渇望していたのかが、彼の部屋にかけられた「忍耐」という木彫りの壁掛けに現れている

翻って俺は、今の何を変えようと思って、東京の職を探しているのか、と考えてみる
彼のような、社会を生き抜き耐え抜く不退転の覚悟なんて、ない気がする
でも、冷笑も理詰めも、安易な結論めいた言い切りも、
浅薄な「人生」の定義も、血の通っていない操作的人間関係も、
すべてを取り払った、シンプルな素直さで生きていたいと思うし、
それを実現するために行った、一般的に言えば合理性のない人生選択も、
自分の中では確固たる、決して消えない聖火のような、
本当の意味で素直でい続けたいというこころがあるからこそ、
まっすぐな目でその妥当性を確信できてきたのだと思う

鳥取の道の駅で、地元の年配の女性が作った巾着を買った
各地の地域密着型商業施設でしばしば見られる、女性の手仕事
ジュディ・シカゴの《The Dinner Party》の台座に、この巾着が置かれることはないだろうと思う
ただ、まさにその置かれない所以とされるような、ローカルな同質性という敷衍不可能な本質と、
それを俺という異文化が手にし、それが生まれるまでのあらゆる出来事を想起するというそれぞれが、
あまりにも個人的なレイヤーにおいて乗算されることの、言い得ない温もりとかけがえのなさは、
俺がこれまでの人生で曲げなかった、自分なりの素直さのようなものがあるからこそ感じることができていると思う
言い換えれば、マクロな視点での有意義さに依存せず、
ミクロな個人的試行錯誤の正当性を心から信じるということを、
その炎を、燃やし続けたいと思ってきたからこそ、
今の環境があるのだと、思う
あなたがたに素直でありたい
あなたがたがくれた色んな気持ちに、
素敵な形で返礼をしたい
